日本初のアウトサイダーアート専門の常設美術館を見てきました。 / もうひとつの美術館

『もうひとつの美術館』は、栃木県那珂川町の里山に建つ明治大正の面影を残した旧小口小学校の校舎を再利用して2001年に開設されたアウトサイダーアートの専門美術館。


知的なハンディキャップをもつ人たちの造詣作品を中心に、オルタナティブなアート作品の展示収集・製作支援を主体とした活動を行う。

 

木造校舎に響くサイレン

取材を始めようとすると、校庭に大きなサイレンが鳴り響いた。

 

昼11時半を示す合図。農家の人たちのために、毎日お昼を知らせるサイレンが鳴らされるらしい。周りは自然豊かで、田園や山が広がっている。夏はきっと開放的で気持ちがいいだろう。

 

旧馬頭町、現那珂川町の里山にその美術館はある。外見は古き良き木造の小学校。内装もほぼ学校当時のまま。

 

元々黒板があった場所は絵画の展示スペースになり、照明で照らされた絵画がきらきらしている。感情のほとばしるような色彩と、なぞめいたモチーフ。朝の差し込む光を切り取ったような風景、大きな顔を埋め尽くしたアバンギャルドな色彩。

 

廊下の端には個性的な形をした造形物があり、歩いている人を手招きしているようだ。昔は体育着が詰め込まれていただろうロッカーの上には塑像作品が並び、静かに校庭を眺めている。

 

職員室だったと思われる大部屋はカフェになっていて、昔懐かしい勉強机でコーヒーを飲むことができる。周りには、お土産として購入できるたくさんの小物類が並んでいる。

 

まるで当初からそうであったように、この新しい住民達は古めかしい校舎に馴染んでいるように感じる。さらに驚かされるのは、これらの作品が、障がいを持つ人たちの手によるアート作品だ、ということだ。そこには、障がい者・健常者というギャップは微塵も感じられない。

 

ここは、日本初のハンディキャップをもつ人たちによるアート作品を常設展示する美術館、『もうひとつの美術館』。

 

訪れたのは年末も押し迫った12月。3ヶ月ずつ行われる企画展の合間で、古い校舎を再利用したこの小さな美術館は閉館中。ちょうど開設10周年記念展示の後片付けと、次回の企画展の準備を行っているところだ。

 

一人の主婦が作り上げた美術館

館長は、梶原紀子さん。東京から移り住んで3年後に、この美術館を始めたという。


元々は、東京で建築事務所を経営していた建築家。那珂川町に引っ越して1年後のある日、『障がい者の創るアート』に出会った。東京都美術館で行われた障がい者アート作品の展示会や、同様のテーマを扱った映画『まひるのほし』に衝撃を受けたのだという。

 

「それらの作品は、本当に素晴らしいものばかりでした。どうしてこんなすごいものが出来るんだろう。そう思って、しばらくの間モンモンと過ごしました。」

 

そのテーマは、梶原さんにとって他人事ではなかった。ご子息の一人が自閉症だからである。那珂川町への引越しも、そのご子息たちや自分自身のために生活環境を改善したいという目的を含んでいた。

 

さらに偶然は続いた。引越し先の那珂川町では、若年人口の減少により学校の廃校問題が起こったのである。歴史と思い出のたくさん詰まった校舎も、使われなくなったら防火・防犯上のことから取り壊されてしまう。

 

「ここで、障がい者アートの常設展を開いたらどうだろう? そう思い立ったら、居てもたっても居られなくなりました。」

 

早速会う人会う人に話をし、同志を募り、施設を管理する町役場にお願いに行ったという。様々な厳しい条件の下、まず、二ヶ月間という期間限定で障がい者アートの展示会を開くことになった。

 

展示作品は、『まひるのほし』で使われたもの作品を借りたり、絵本画家いわむらかずおさん等共感してくれた人たちの協力で展示することができたという。

 

「まず趣旨を理解してもらうのが大変でした。一介の主婦がいきなり電話をかけてきても、普通は『何を言ってるんだ』と思われるだけですもんね。」

 

苦労の甲斐もあり、その期間限定の展覧会『サマーフォーラム』は成功を収めた。

 

そしてそれをバネに、2001年に常設展示美術館として『もうひとつの美術館』を開設したのだ。

 

この美術館の本当の意義とは

10周年を迎える今では、那珂川町全体を巻き込んでの町おこしイベントも行っている。


そのイベント『なかがわまちアートフォレスタ2011』では、障がい者アート作品群と招待作家による作品がコラボレーションし、町の様々なところで展示が行われたという。

 

アートによる町おこしは近年良く見られるようになってきたが、このようなコンセプトのイベントは他には無い。

 

「ヨーロッパで創作活動を行っている団体とも連携しています。ヨーロッパは、環境が全く日本と異なるんですよ。文化が成熟していて、『生きる』ことが『表現』することにつながっている。」

 

館長の梶原さんは言う。

 

「ただ、飲み食いするだけが『生きる』ことじゃあないんです。それでは、生きてはいても『生きがい』は無い。日本では、障がい者が絵筆を持つチャンスすらなかなか与えられない。私は、この美術館を通して、そういうチャンスの種をまくための畑を耕したいんです。」

 

その試みは、この美術館をつぶさに眺める限り全く正しい方向に進んでいるように感じる。なぜなら、展示されている作品のひとつひとつに尋常じゃないエネルギーを感じるし、それが自らこの世界に吐き出されたがっているのをひしひしと感じるからだ。

 

これほどまでに練りこめられた思いが、日陰に隠されたまま省みられないとすれば、それは間違いである、と心から実感できる。

 

「障がい者は、普段は作業所で軽作業等を行っています。しかし、中には作業に集中できずにひたすら絵を描いたり、何か別なものを作ることに熱中してしまう人がいます。

 

そういう人は、作業所内では問題児として扱われることも多いです。でも、そういう作品の中には、専門家も驚くようなすばらしい作品が隠れていることがあるのです。」

 

それを聞いたとき、『アート』は高名な作家の作品でないといけない、という先入観を持っていたことに気づかされた。

 

なるほど、アートに肩書きなんて必要ない。ウンチクも必要ない。表現したい思いを強く吐き出したら、それはアートになる。障害を持つことが足かせになり他に表現手段を持たないなら逆に、いやそれ故に、素晴らしく純粋な『アート』が生まれるかもしれない。

 

梶原さんは続ける。

 

「作品を通じて、作家とコミュニケーションを取ってもらいたいんです。作品の前でただ感じて、制作者の思いを想像して欲しいんです。

 

そこからは決してネガティブでない、ポジティブな意味での彼らの個性、そして可能性が見えてくると思います。」

 

『可能性を見つける美術館』。そんな今まで想像もしなかった新しいアイデアが、この緑豊かな里山に生まれていたことを、驚きをもって知った。

 

(文・石川)


 

 

 

団体について


特定非営利活動法人 もうひとつの美術館

〒324-0618 栃木県那須郡那珂川町小口1181-2

TEL&FAX 0287-92-8088

 http://www.mobmuseum.org

 mob@nactv.ne.jp

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とちコミ運営委員のコメント


美しい里山にある古い校舎を使った美術館というだけでも見に行く価値があるのに、その作品は障がい者が作ったもので、しかも見応えある素晴らしい作品ばかり!もちろん普通のモダンアート美術館としても楽しめます。基本的に3ヶ月単位で企画展を行っているので、季節ごとに訪れるのもオススメです。人生観変わるかも。入場料700円(大人)。 (石川)